読書メモ

無題

あるようにあり、なるようになる 運命論の運命 作者: 入不二基義 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2015/07/29 メディア: 単行本 この商品を含むブログ (3件) を見る 前評判どおり素晴らしい本でした。厳密に論理にしたがって、稠密な議論が展開され、ひとつ…

ジョーカー(絶対悪)とダークナイト(正義)のアポリア

デリダ 脱構築と正義 (講談社学術文庫) 作者: 高橋哲哉 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2015/05/09 メディア: 文庫 この商品を含むブログ (6件) を見る デリダを熱心に読んでこなかった者にとっても、「反復可能性」や「不可能なものの可能性」といったタ…

無題

自分ひとりの部屋 (平凡社ライブラリー) 作者: ヴァージニアウルフ,Virginia Woolf,片山亜紀 出版社/メーカー: 平凡社 発売日: 2015/08/27 メディア: 単行本 この商品を含むブログ (1件) を見る シェイクスピアの時代に、同様の才能をもった妹ジュディスがい…

無題

いろいろ読みたい(読むべき)本が山積しているのだが、到底時間がなく、あれもこれもできないので、とりあえず、今月のこりは、『差異と反復』読みとシュネル本に絞る。 カントは、認識対象は現象であって物自体ではないことが必要だということからはじめる…

無題

福谷茂「ヘノロジカル・カント」(『日本カント研究13』所収、理想社、2012年) 形而上学を存在論から切り離し、存在よりも「一」〔ト・ヘン〕を根元的なものとしてとらえ、「一」と「多」のあいだの関係・論理に関心を集中する学として提唱されるのが「ヘノ…

心身の合一―マールブランシュとビランとベルクソンにおける (ちくま学芸文庫)作者: モーリスメルロ=ポンティ,Maurice Merleau‐Ponty,滝浦静雄,中村文郎,砂原陽一出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 2007/12/10メディア: 文庫購入: 2人 クリック: 12回この商品…

マキアヴェッリ『君主論』

君主論 (岩波文庫)作者: ニッコロマキアヴェッリ,Nicoll`o Machiavelli,河島英昭出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 1998/06/16メディア: 文庫購入: 3人 クリック: 64回この商品を含むブログ (47件) を見る 膨大な歴史的事実に基づいて、君主政体の種類と特質…

川上未映子「ヘヴン」

群像 2009年 08月号 [雑誌]出版社/メーカー: 講談社発売日: 2009/07/07メディア: 雑誌購入: 1人 クリック: 9回この商品を含むブログ (42件) を見る主人公である斜視の僕と、不潔な身なりをしたコジマという女の子。彼らは日常的にクラスメイトから不当な「苛…

川上未映子「乳と卵」

乳と卵作者: 川上未映子出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 2008/02/22メディア: 単行本購入: 7人 クリック: 170回この商品を含むブログ (259件) を見る ドストエフスキーの『罪と罰』。話の筋や人物名などほとんど覚えていないのに、馬が殴り殺されるシーン…

カント『プロレゴメナ』

プロレゴメナ (岩波文庫)作者: カント,Immanuel Kant,篠田英雄出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2003/03/14メディア: 文庫購入: 4人 クリック: 41回この商品を含むブログ (16件) を見る いまさらながらに、カント哲学の体系性に感服させられた。 人間の理性…

シネキャピタル作者: 廣瀬純出版社/メーカー: 洛北出版発売日: 2009/05メディア: 単行本購入: 1人 クリック: 148回この商品を含むブログ (17件) を見る これほど的確に『シネマ』の論旨を描き出した本があっただろうか。廣瀬純氏『シネキャピタル』はまさに…

二人称はいかにして成立しているのか。(人称の言語的分類として一、二、三人称があると言ってしまえばそれまでだが。)広辞苑によると、一人称とは話し手自身である自分を指す人称であり(しかしこの定義は同語反復である。すなわち、一人称は定義不可能。と…

ジルベルト・シモンドンは哲学者である。 たとえその議論の多くが化学や熱力学に依拠しているとしても、彼の目的がいつも、実在性を描き出すことだけに向けられているからだ。シモンドンにとっての問題は、個体が今ここにおいて存在していること、すなわち、…

「男/女という二つの性しかないことが特異な形で、〈n個の性〉が一般的だと、マーグリス/セーガンはいう。」(真木悠介、『自我の起源 愛とエゴイズムの動物社会学、岩波書店、2008年。) だからといって、人間における性の区別が言語的に構築されているわ…

視覚によって私はさまざまな度合の光や色の観念を持つ。触覚によって私はたとえば固さや柔らかさ、熱さや冷たさ、動きや抵抗を知覚する。それらは互いに連れ立って観察されるため、例えば「リンゴ」という一つの名で呼ばれる。とはいえそれは、これらもろも…

ミシェル・フーコー、「汚辱に塗れた人々の生」、『フーコー・コレクション6生政治・統治』所収、小林康夫ほか訳、ちくま学芸文庫、2006年。 権力はいかにして日常に入り込むのか。 キリスト教的西欧は「告解」によって、「日々の世界の細片、平凡な過ち、知…

かつてフーコーは、19世紀の権力が、当代に著しい発展を遂げた生物学(細胞生物学)をはじめとした、あらゆる科学を利用することによって、知の編成、近代的主体の成立、すなわち、被監視者としての主体の生産を行っていたことを分析した。 フーコーが規律訓…

フッサール『厳密な学としての哲学』

厳密な学としての哲学とは? 「そもそものはじまりから哲学は、厳密な学、それも最高の理論的欲求を満足させ、かつ倫理的−宗教的な方面に関しては、純粋な理性的規範によって規制された生活を可能にする学であることを要求してきた。」 「しかし哲学は、その…