ジルベルト・シモンドンは哲学者である。
たとえその議論の多くが化学や熱力学に依拠しているとしても、彼の目的がいつも、実在性を描き出すことだけに向けられているからだ。シモンドンにとっての問題は、個体が今ここにおいて存在していること、すなわち、個体の実在性を全く損なうことなく捉えることのできるモデルを構築することであった。そのためにはすでに構成された個体を前提とすることなく、個体をその発生(ontogenèse)の過程において考える必要がある。シモンドンが個体化(individuation)と呼ぶのは個体が発生する過程そのものにほかならない。その際、あらかじめ個体化された個体を前提としている伝統的な形相質料論や充足理由律による個体化論はまっさきに破棄されることになる。
では、すでに出来上がった個体を前提せずに個体化の過程そのものを記述するにはどうすればよいのか。まずシモンドンは、いかなる変移も不可能な同一性の単位を所有する存在者という個体の定義を排し、脱中心的個体として存在者を規定する。そして、こうした個体がさらに三つの水準に区分される。すなわち、物理的レベル、生物的レベル、心的−社会的レベルである。この個体の三つの水準は、実体、形相、質料といった概念によってではなく、一次的情報、内的共鳴、ポテンシャルエネルギー、大きさの秩序といった概念によって記述され、各々の水準はその様相の差異、あるいは実在性の差異によって分節化されることになる。

こうしたシモンドンの個体化論において、“transductive(transduction)“という概念はおよそ次の二つの意味で用いられている。すなわち、

  1. 個体化の異なる三つの水準間の様態を表現するため。
  2. 異なる水準における個体どうしの関係性を発見する方法として。

物理的、生物学的、心的、社会的と区分された個体化の水準は、それぞれの領域が他の領域の基層、構成原理として作用する。そこで事例として挙げられているのは結晶である。微細なひとつの核から出発して、その母液のなかであらゆる方向に向かって結晶化が生じる。その際、「すでに構成された各々の分子の層は、形成されつつある層の構造的な基盤として機能する。その結果は、増大する網状の構造となる」(18)*1。。シモンドンは、このように層のおのおのが、継続する層を構造化していく働きに個体化の原理を見出している。それは物理化学的な場面だけでなく、あらゆる水準における個体化に共通の構造である。「われわれがtransductionによって理解するのは、それによってある活動性が、領域の内部へと次第次第に自らを伝播する物理的、生物学的、心的、社会的な作用である。この伝播は、それぞれの場所に応じて操作される領域の構造化によって基礎付けられている。つまり、構成された各々の領域は、後続する領域の構成原理として役立つ」(18)。母液のなかを垂直に下っていく結晶のように、多様な次元がこの垂直的な下降のまわりに形成される。「transductiveな作用とは、伸展しつつある個体化のことである」(18)。

だが、こうした個体化のモデルを見出すためには、これまでの哲学において行われてきた個体化の議論とは異なる方法が開発されねばならない。シモンドンがまず拒絶するのは、同一性の原理と排中律(第三項排除)に従った古典論理である。「これらの原理は、すでに個体化された存在にしか適用されない」(17)。さらに、帰納的推論と演繹的推論が排除される。個別的な存在者としてのもろもろ個体からそれらに共通する特性を抽出し一般命題を形成する帰納的推論は、シモンドンにとって、個体が特異性を持つということを排除することに等しい。演繹的推論に対するシモンドンの判断は明瞭ではないが、帰納的推論とは反対に個別的な存在者としての個体からは超越した原理(公理)を設定することにおもな批判は向けられている。シモンドンはこれら古典的な推論形式にかわるものとしてtransductionを考えているのだ。
シモンドンによれば、推論形式としてのtransductionは、演繹的推論とは異なり、「ある領域の問題を解決するために、他のところに原理を探しに向かいはせず」、むしろ、「過飽和水溶液が、自分自身のポテンシャルによって、またそれが収容する化学元素にしたがって自らを結晶化するように、その領域における諸々の緊張それ自身のなかから、解決する構造を引き出す」(21)。また先にも述べたように、諸々の個体からその個体自体の特異性を排除し「あらゆる項に共通であるものだけを保持する」(21)帰納的推論に対して、「transductionは反対に、ある領域の諸々の項それぞれがもつ完全な実在性が、新たに発見された構造の中で、欠如も縮減されることもなく秩序付けられることになるように、その体系が諸々の項それぞれが属する次元を連絡させる次元を発見することである」(21)。ここから、シモンドンはtransductionという推論形式を、単なる精神の論理的な歩みではなく、直観として、一種の発見術として提示していることが理解される。(書きかけ)

*1:引用はL'individu et sa genèse physico-bilogique,PUF,1964.からの頁数