A.J.グレマス、「ソシュール主義の現在性」(1956年)
"L'actualité du Saussurisme"(Texte paru dans Le français moderne,1956,n°24, pp.191-203.)


「しかしながら、もろもろの言語学―構造的と歴史的―の調停が可能なのは、まさにそれが自ら生み出す言語学的空間の歴史的次元の探究を対象とする研究領域においてである。さらに、一定の接近作業、一定の方法論的研究は、もうすでにその方向性、そしてまったくもってソシュールの思考を裏切ることのないソシュール主義のあらたな敷延の大きなラインをかすかに見出している。というのも、生きたパロールが、その表明において、もうすでに設けられたラングに支えられているならば、その生きたパロールとは、あらゆるあらたな創造の源泉であると同時に、あらゆる歴史的進展の源泉でもあるのだ。そして、言語学の変化の実在性と、ラングのあらたな構造の起源が存立するのは、パロールとラングの間の弁証法的な往来においてであり、その分節化とメカニズムが依然として明確にするべき言語学的実践(praxis)においてである。一方で、R.ヤコブソンの輝かしい研究以来、いかにして言語学的構造が、その歴史的発展の中で把握されうるのかが理解され始めている。そのためには、言語学的「形相(forme)」によって極端に機械化された概念を和らげ、構造的均衡(équilibre structurel)の公理のところに、《均衡への傾向》といったよりしなやかな概念を導入することで十分である。われわれに言わせると、《不均衡状態への傾向》を導入すべきであり、歴史的進化とは常に、機能不全なあらたな構造の創造に存立している。」

構造主義言語学は、一貫して、ラングの歴史的生成を理解する必要性を受け入れ、歴史主義的言語学者は、その偏見を放棄し、構造主義によって鋳造された方法論的装置の有効性を認めることで十分である。」